土橋八幡社について


土橋八幡社の成り立ち・歴史

1562年(永禄5年) 八幡社の創建
 上野城主 酒井将監忠尚が創建し、須藤・須賀・兵藤の三奉行を開墾奉行として派遣、監督させた。
 酒井は翌年の三河一向一揆に加担し、失脚するが、三奉行はそのまま土橋に帰農する。

1874年(明治7年) 八幡社の社格
 明治憲法下の神社の社格として 官社 諸社 無格社 に格付けされる。
 諸社はさらに府県社、郷社、村社に分類され 八幡社は村社である。(大字 土橋村)

1918年(大正7年) 舞殿の新築
 当時の舞殿としては極めて上質で、現在においても文化財的価値が高い。
 耐震診断の結果、震度5弱では余裕あるものの、震度6弱では倒壊の可能性が高いと診断された。
 開口4.545m、奥行7.272m、建坪33.05u

1941年(昭和16年) 本殿再建
 昭和15年 神武天皇即位2600年祝典記念行事として、本殿再建に着手。
 現本殿 11.57u を再建。

1943年(昭和18年) 拳母町の指定社
 拳母町の指定社となり、町から奉幣(ほうへい)幣帛(へいはく)を受ける。